凍った瞳。
それは、彼の瞳に、心に焼き付いた記憶。
地面に転がされ、既に動かなくなった父の骸。
幼い自分を逃がすために身を投げ出し、粗末な槍に貫かれた母の絶叫。
『……おっと、逃がすわけにはいかない』
そして母の前に立ちはだかっているのは、彼がつい一昨日パンを買いに行った時に温かい笑顔で応対してくれた筈の店主だった。
「…………う…」
『……ひ、ひいぃ………やっぱり化け物だ…この女…急所を刺したのにまだ生きていやがる………!;』
蒼白な顔で声をあげたのは、五日ほど前に訪ねてきておみやげだと彼に本をくれた父の知り合いのおじさん。
『な…何をボサッと突っ立ってるんだい!殺すんだよ!早く!!』
よく甘くて美味しいお菓子をくれた隣のおばさん。
『……今まで私は化け物と接していたのね………なんてことなの!おぞましいわ!!』
綺麗で優しかった近所のお姉さん。
『誰かたいまつを持ってきてくれ!こいつらの死体に火を付けちまうんだ!!』
両親の身体をナイフでめった刺しにしながら叫んでいるのは、兄貴分と慕っていたお兄さん。
亡骸に放たれた火はすぐさま燃え上がり、あっという間に二人を燃やし尽くした。
母が声をあげる間もなかった。
ゆらめく赤い炎が、息を潜め木陰に身を隠していた少年の瞳に映り込む。
ゆらゆらと燃える赤を深い哀しみとともに眺めているうちにふと、彼は疑問を抱いた。
なぜ、このようなことに。
みんな、ついこのあいだまでおだやかでやさしかったはず。
なにがいけなかったのか。
りゅうだと、ひとではないからというだけで?
おれたちかぞくがいったいなにをしたと。
当然その問いに答える者は居ない。
そして、彼のその疑問がゆっくりとどす黒い感情に変化していくのを止められる者も居ない。
やがてその感情は、凍えた殺意へと昇華される。
彼の瞳に映った炎は冷え固まり、それでもゆらゆらと、ゆらゆらと。
それまで黒曜のようだった瞳は憎しみによりじわりじわりと凍りつき、その色を変えた。
どこまでも冷え冷えとした、悲しい青に。
そして彼は木陰を抜け出し、静かに歩き出す。
赤い炎の燃える方へ。
逃げるためでなく、殺すために。
『それなら俺は壊してしまおうか。何もかも全てを』
*青の王、氷の王。
彼はこのあと、宣言通りに全てを壊そうとし、実際にあともう少しで世界が崩壊するというところまでいきかけた。
心の芯まで凍りついた氷の瞳が、一人の女性に対する熱に溶かされることとなるのは、もう少し先の未来の話。
『………ただ、どうしようもなく悲しくて。そして、それ以上に許せなかった』