龍の天廊書斎

龍火のブログ。創作小説など置いてます。

いばらの姫は棺を背負う。

世の中は綺麗事で溢れているけれど、結局それは幻想でしかない。

全てのものは金で買える。
時として命すら、酷く簡単に奪えてしまうのだから。

そして京羅はそれを幼い頃から散々思い知っている。
何故なら彼女は、常にその"命を奪う"側だったからだ。

***


貢赦家は由緒ある家柄で、古くからその技術と人材を活かし多岐に渡り活躍してきた名家だ。
そして数々の栄光の全ては、その膨大な財力ありきのものなのである。


貢家が一度に動かす金はあまりに莫大な額。

その金はどこから出てきているのか。
誰もが一度は思った筈の事だが、何故かそれを追求しようとする者は居ない。



どの世界にも、決して踏み入れてはならない領域が少なからず存在するということをご存知だろうか。
貢家の財の出所はまさにそのひとつだ。

貢の家の者達が殺しの道具にされている、だなんて事をもし知ってしまえば命はない。

そう。貢家の財力の出所はそこにある。
勿論それだけではないが、最も大きな収入源は殺しなのである。

依頼されて殺し、臓器を奪うために殺し、時として邪魔な人間も殺す。
そうして得られた成果が今の巨大な貢家なのだ。

分家に属す京羅とて例外ではない。
家族を消すと脅され、兄弟ともども無理矢理駒にされた。
まだ8歳の時だった。

兄達と比べ戦闘力は劣っていたが、繰り返された"教育"により彼女は育ちつつあった。
貢本家はこの嬉しい結果にさぞほくそ笑んだ事だろう。

……いや、寧ろ彼女こそが貢の真の目的だったのかもしれない。
既に大人に近い兄弟達よりも、まだ幼く純粋な子供であった彼女を育てた方が確かに成果はあがった。

そして遂に、本人の意思など関係なく残酷な結果は出てしまった。

つまりは、『彼女こそが最も殺し屋に向いている』と。



現在京羅は貢でも破格の扱いを受けている。
ある程度の自由は許されているし、大抵のごくささやかな願いは聞いてもらえる。


裏稼業において、貢の優秀な手駒である限り。







携帯が鳴った。
聞きたくもないのに無機質な着信音は止まない。

いっそこれを壊してしまえれば、と何度思った事だろう。
けれどそういう訳にもいかない。
大切な家族を殺させる口実を作るのは御免だ。

「…………もしもし」
静かに通話ボタンを押す。

もうその声に感情はこもらない。



***

いばらに囚われ、自由を奪われた姫。

自分を殺して他人を殺しつづける彼女は、最早王子に焦がれる事もない。


「……結局全部、叶わない夢でしかなかったんだな」

分かりきっていた事のはずなのに、それでも悲しみは拭い去れなくて。



京羅は今日も棺を背負う。